とおるです。
今回は、エックハルトトールの名著『ニュー・アース』を読んでいて得た体験をシェアします。
それは”今に在る感覚”です。
今に在る感覚とは
今に在る感覚を知るために、まず”今に在る”について『ニュー・アース』から以下に引用します。
気づきとは、「いまに在る」ことを意味する
出典:『ニュー・アース』P114
「いまに在る」とは、内に広がりがある状態だ
出典:『ニュー・アース』P257
今に在るとは、気づきであり、内に広がりがある状態です。
この説明だけだと、なかなかイメージしずらいかもしれません。
エックハルトトールの言う”静寂”も今に在るを表現している言葉です。
静寂の方が今に在るのニュアンスを掴みやすいので、そちらを『ニューアース』から以下に見ていきましょう。
「静寂は神の言葉で、他はすべてその下手な翻訳に過ぎない」という言葉がある。静寂とは、実は空間を表すもう一つの言葉だ。
人生で出会う静寂に意識的になると、自分自身のなかの形も時間もない次元、思考やエゴを超えた部分と触れ合うことができる。それは自然界に充満している静寂かもしれず、早朝の自室に広がる静寂、あるいは音がふと途絶えたときの静寂かもしれない。静寂には形がない。だから思考を通じて静寂に気づくことはできない。思考は形だ。静寂に気づくとは、静かに停止しているということだ。静かに停止しているとは、思考抜きの意識でいることだ。
出典:『ニュー・アース』P274
ここで言われている空間は、内に広がりがある状態=いまに在るということです。
今に在る感覚とは、静寂に気づいている感覚ですね。(他にも表現はありますが)
静寂に気づいてるとは何ぞや?というと、静かに停止することで、それは、思考していない”意識”でいることと言われています。
「なんだ、今に在るためには思考しなければいいだけじゃん!」
と思うかもしれませんが、それが難しいんです。
エックハルトトールは、『ニューアース』で今に在ることを”目覚め“とも言っています。
目覚めとは、普遍的な知性と意識的につながることだ。言い換えれば「いまに在る」こと、思考なしの意識である
出典:『ニュー・アース』P279
※エックハルトトールの”今に在る”をより詳しく解説した記事はこちら
※エックハルトトールの”静寂”を著書『Stillness Speaks』から解説した記事はこちら
今に在る感覚の実体験
ここからは完全に私の個人的な体験談です。
私は、瞑想を量や時間を問わなければ1年半ほどしていて、元々スピリチュアルには興味があったんです。
5年以上前からエックハルトトールの著名な本はほとんど読んでいて、仏教関連や、非二元(ノンデュアリティ)の本も好きで読んでいました。
ただ広く浅くというか、その期間ずっと集中してそれらの本を読んでいたわけではありませんでした。
エックハルトトールがとても大切なことを言っているのは分かるけど、その本質を体験するに至ってはいませんでした。
ここ2ヶ月くらいですが、また集中して、エックハルトトールの本を中心に読み直していたんです。
そして、その後以下の3つのことを意識して生活していました。
- エゴ(思考)を徹底的に観察する
- 今に集中する(意識的に呼吸)
- ものごとを概念化せず、ありのままに観る
特に、”思考はもう捨てよう”くらいの気持ちでしたね。
そんな感じで過ごしていると、ふと意識が変わったような感覚が訪れました。
よく他の人が言うような鮮烈な変化ではありません。
子供の頃、目の前のものがキラキラ見えて、物が一つ一つが生きているような感覚です。
あの懐かしい感覚がまず起きました。
似たような感覚は瞑想をした後に起きますが、今回はいつもよりもとても臨場感がありました。
しばらくして気づくと、ハートの内側の奥の深い部分で”静かな灯火”があったんです。
正直、静かな灯火という表現が合っているかは別として、そうとしか言えないような感覚であり、内側にあったかと思うと、体の外側とも繋がっていて広がっているようでした。
高揚感でもなく、Happyでもなく、それこそ”静けさ”が内面と外面をおおっていました。
「こ、これが今に在る感覚・・・・。?!」
何をしていても穏やかさに包まれている状態です。
また、エックハルトトールや非二元の教師が言う”それ“や、”I Am“という今まで理解できなかった言葉もしっくりくる体験でした。
しかし・・・・・・・
次の日、気づいときにはその”静かな灯火”を見失っていたんです。
さまざまな言葉を読んだり瞑想したりして、かすかに感じられましたが、全く同じ境地には戻れませんでした。
まさに、青空が雲に覆われて見えなくなってしまった気持ちです。
なんとも言えない感情でしたが、以下の『ニュー・アース』の言葉を聞いて立ち直りました。
最初の目覚め、思考抜きの意識を一瞬であれ垣間見ること、それだけがあなたの側の行為といっさい関わりなく恩寵として起こる。本書がちんぷんかんぷんだ、わけがわからないとお思いなら、あなたはまだ目覚めを体験していない。しかし、あなたのなかで何かが反応するなら、なるほどそうだと感じるなら、すでに目覚めのプロセスは始まっている。プロセスがいったん始まれば、エゴに邪魔されて遅れることはあっても後戻りすることはない
出典:『ニュー・アース』P280
目覚めのプロセスが”後戻りすることはない”と・・・。
今まで見落としていた文でした。
上記の引用文を踏まえて関暁夫風に言わせていただくと、
「もう目覚めのプロセスが始まっちゃってるんだよね!」
「パンドラの箱ならぬ、アウェイクニングの箱を開けちゃってるんだよね!」
とまぁこんな感じです。
しかも、目覚めのプロセスが始まったのは”静けさの灯火”に気づいたときではなく、ニューアースを読んで、 “なるほどそうなんだ!”と感じたときからすでに始まっていたんですね。
あなたも『ニュー・アース』をまだ読んでいなかったら、ぜひ読んでみてください。
読んでみてなるほどと思えたら、もう目覚めのプロセスは始まっています。
アウェイクニングの箱を開けちゃいましょう。
(追伸:久々に読み返すとエゴが強い文章ですがあしからず。エゴについてはこちら)
まとめ
この記事では今に在る感覚について、エックハルトトールの著書『ニューアース』の言葉と私の体験談からお伝えしました。
あまりこのブログでここまでスピリチュアルな体験談を生々しく語ることはしていません。
基本的に精神世界の先人たちの知恵の言葉をお届けしていく予定でしたが、自分自身に一時的にでも”それ”が起きたので、報告させていただきました。
また、第三の目にエネルギーを強く感じるようにもなりました。
ちなみに、”今に在る感覚”が起きる間近には、ニューアースも読んでいたましたが、英語版『A New Earth』も読んでいましたよ。
Audibleで夜に耳でも聴いていました。(ほとんど英語分からないのに)
AmazonのオーディオブックサービスであるAudibleは、最初の1冊は無料で聴けるので、英語のリスニングが普通にできる人は試してみるのもいいですね。
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※エックハルトトールのオーディオブックを聴いてみた感想はこちら
『ニューアース』はかなり情報量の多い本なので、自分もまた深くじっくりと読み直して、要所要所をブログで解説していこうかなと考えています。
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